愛媛県仏教会事務局長
西条市醫王院 藤橋泰宣
檀務を行っていると、ここ数年前より「終活」(しゅうかつ)と言う言葉をよく耳にします。終活は、人生の終わりに向けて、身の回りの整理、財産の整理、葬儀や墓の準備、遺言書の作成など、人生の終わりを意識し、周りに迷惑をかけないようにするための準備などが含まれます。中には子ども達に迷惑をかけたくないとの理由で、生前戒名や生前葬、先祖代々のお墓・仏壇等を処分し菩提寺などに永代供養で預ける方々もおられます。
それとは別に「生き活」は、単に死後のことを準備するだけでなく、残りの人生をより充実させ、自分らしく生きるための時間を考えることだと私は考えます。現在、日本人の平均寿命は男姓81歳。女性は87歳となっています。職場では定年は「65歳までの雇用機会を確保する」と定められており、定年後も平均寿命まで生きると約20年の時間があります。しかし、平均寿命とは別に健康寿命と言うのがあります。健康寿命とは、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」のことをいい、男性は約73歳、女性は約76歳といわれます。そうすると定年から10年程で日常生活が行われる限界に達してしまいます。すべての人がそうではありませんが、人にはそれぞれ時間に限りがあります。
その昔、平安時代天台宗の僧侶・増賀聖人は、いよいよ自分の臨終の日を迎えた時、弟子に
「わしは今日死ぬ。最後にちょっと碁盤をもってきてくれ」
と弟子に言いました。そして弟子と共に碁盤を打ち、十手ばかり互いに打ち合うと、増賀聖人は、
「もうよい」
と言って碁盤の石を崩したそうです。弟子が恐る恐る、
「どうして碁をお打ちになったのですか?」
と訪ねると増賀聖人は、
「小法師の頃、人が碁を打っているのを見たのを、念仏を唱えながらふっと思い出したのだ。それでちょっと打ってみようと思ったのだ」
と言ったそうです。その後、増賀聖人がまた弟子を呼び、
「泥障(あおり)を探してきてくれ」
と言います。泥障(あおり)とは馬の鞍につける革製の泥よけのことです。弟子は早速探してもってくると増賀聖人は、
「それを首にかけて結んでくれ」
といいました。増賀聖人は苦しいのを我慢し左右に腕を伸ばし、
「泥障を被って舞うてみようぞ」
と二度、三度舞う格好をしまた。それから、
「泥障を除けてくれ」
と。弟子は泥障を除け、また同じように恐る恐る、
「今度はどういうわけで舞ったのですか?」
と尋ねると増賀聖人はこう答えました。
「若い頃、隣の部屋に小法師連中がたくさんおっての、大笑いしているのを覗いてみたら、一人の小法師が泥障を首にかけて踊りよるのじゃ。『胡蝶胡蝶とぞ人は言えども、古泥障をまきてぞ舞う』などと歌っての。それが面白く見えたのじゃ。ずっと思い出しもしなかったものを、今ひょっと思い出したのでやってみようと思って舞ったのじゃ。もう思い残すものなど一切ないぞ」
それから増賀聖人は人を払って、奥まった部屋に入り端座すると、口には法華経を誦し、手は金剛合掌の印を結んで、西方を礼拝しながら入滅されました。
増賀聖人は、人生の最後を迎えるとき、今から死ぬのであれば思い出した「碁を打つこと」、「泥障を首にかけて舞うこと」をやってから死のう、これは往生の際、「果たせるなら果たしておいたほうがよい」とうい増賀聖人の逸話であります。昔のたわいもない欲求をふと思い出したので、ちょっとやってみようというだけの話ですが、できるのにやっていないことやお金がもったいないから行きたい場所などに行っていないなどありませんか。ささやかな要求であれ、大きな要求であれ、死ぬときに後悔のないようにやってみることが残りの人生をより豊かに過ごす「生き活」につながるのではないでしょうか。
「これをやってみたい!」と思うことは、今それをすれば自分が最も喜ぶものであります。しかし、「これをやってみたい!」という高ぶりは先延ばしにすると今年動けていた体が来年には思うように動けなくなったり、家族の世話・介護などで思うように外出ができなくなったり、そうすると「やりたいこと」は死ぬまでにできないかもしれません。平均寿命はあくまで平均であり、すべての人がそれまで生きる保証はないのです。「面白そう楽しそう」と思うことがあれば「今はまだ、もう少し落ち着いてから」ではなく実行するべきではないでしょうか。楽しみを先送りばかりしていると、その人は結局のところ何もしたいことをせずに人生を終えることになってしまいます。
「やりたいことを先送りしない」それが終活とは別に、それぞれ人生の「生き活」につながると私は考えています。
さあ、みなさん私の質問に答えてください。
「いつやるの」
合掌









